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2009/08
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一番嬉しい日
仕事の事は状況や気持ちの整理をした上で記録したいから、1ヶ月単位で書こうと思っていたのだけど、今日はすごく嬉しかったので書く。
きっとこれから先、1年7ヶ月の支えになると思うから。



勤務2ヶ月経過で書いた24歳のお母さんが今日診療所に来てくれた。
http://8430saorin.blog53.fc2.com/blog-entry-30.html
このお母さんとの初めての出会いは、私の初めての訪問。
この訪問は大失敗で、その後も彼女達が心配だったけど、またお互いに嫌な思いをするんじゃないか、とか、彼女の話を聴く語学力に自信がなくて、来てくれるのをただ待っていた。


そして今日、仕事も終わり診療所を出ようとした16時、彼女と夫、2人の小さな娘がやってきた。
どうやら彼女が飼い犬に噛まれたらしい。
私と話すことが目的ではなかった。
けれども、訪問時の印象が悪かっただけに私のこともしっかり覚えていてくれた。

せっかくだから、ちょっとお話が聞きたいとお願いすると応じてくれた。
犬に噛まれた話、遠くに住んでいる家族の話、17歳で結婚して一生懸命家事をしているのに夫には「きちんとやれ。」と暴力を振るわれるという話、夫が鍵をかけて仕事に出かけるので家からは出られないと言う話。

彼女のしゃべり方は独特で、話もぽんぽん飛んでしまうのでわからない部分もいっぱいあったけど、話してくれること自体が嬉しかった。
前回は「自分の家に変な外国人が突然入って来た」という思いからか、こちらへの返答は無く、まったく表情を崩さなかったが、今回は私の持ち場での面接と言うこともあり、だいぶ顔が柔らかかった。

彼女は犬に噛まれた傷口が痛み、歩くのも、起き上がるのも大変で、今は家事が全くできないと話すので、ここぞとばかりに「傷が治るまで家事や育児のお手伝いをしたい。」と話すと、「あなたがそうしたいのなら。」と返答。


その後、夫と2人で話をすると、彼女は知的障害と精神疾患から仕事や家事ができず、家のなかもぐちゃぐちゃ、結局仕事帰りの自分が行っている、と。
また、結婚前から彼女を知っているが何度働きに出ても他の人と同じような仕事ができないために働いても働いても給料を支払ってもらっていなかったこと。
ここアトゥクチョ地区は治安が悪く、泥棒も多いため、自分が仕事に出ている間に妻と2人の子供に何かあったらと思うと鍵をかけて出るより他なかったということ。
さらには、彼女の家族は彼女と縁を切っているので身寄りがいないとも話す。

夫自身、しっかりしているとは言い難く、程度の差こそあれ妻と同じような大変さを抱えているのではないか、と思う。

夫にも、「家を訪問し彼女の手伝いをしたい。」と申し出ると、大家ともめて家を替わってしまったから今から新しい家に案内すると言ってくれた。

だんだん暗くなってきたので帰り道の心配もあったけど、これを逃したら次に彼女とコンタクトを取るのは非常に難しいだろうなあと思い、お邪魔した。

道案内する夫や、診療所に戻ったときに見た彼女の姿を見て思ったことは、2人とも本当に子供を大切にしている。なんとか守ろうとしているということだった。

それは、他者の目には「きちんとできていない。」と映るものかもしれないけれど、彼らは決して手を抜いているわけでも、粗末に扱っているわけでもない。一生懸命やってるのだ。
そんな彼らを見て、子供や、彼らの生活の中でなんらかの困った点(低栄養状態、不衛生)があればそれだけお手伝いして、彼らの生活をそのまま大切にしてあげたいなあと思った。

日本だったら彼らをサポートする資源があるけど、エクアドルでは聞いたことがない。(知らないだけで、実際はあるかもしれない。)
だから、なんらかの見守り体制ができるまでは私達診療所スタッフで、見守って行きたいと思う。

彼女の家もわかったところで診療所に帰って、「じゃあ、あさってね!」というと、彼女は「あさってね!」と笑った。
あー、笑ってる!!

時間も遅くなってきたので、超マッハでバス停まで走り、バスに乗った。

ある人との関係の中で、失敗やお互いに嫌な思いをして何かを失ったとしても、同じ人との関わりの中で回復できることはありがたいことで、何倍も嬉しいことだと思った。

エクアドルに来て、今日の出来事が1番嬉しい。
ソーシャルワーカーという仕事をしてきた中でも、上位に入るだろう。

そんなシアワセを噛み締めながらバスの外を見ると、彼女と上の子供が追いかけてくる。そして笑いながらこちらに手を振った。犬に噛まれて、痛くて歩けないって言っていたのに!

左目から2粒だけ涙が出たが、バスの中(公共の場)で、時間も遅かったのでこんなところで泣いてはナメられる、かつあげされると思ってすぐに気持ちを切り替えた。

エクアドルに来て最初の「泣き」がこんなに嬉しい涙で良かった。

来てくれて、ありがとう。
話してくれてほんとうに、ありがとう。
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在外投票
senkyo.jpg
今、暖かい季節の日本では、この8月30日に衆議院議員総選挙が行われるとのことで、
私たちのように異国の地で過ごしている者には在外選挙制度というものが用意されている。
要は異国にいながら投票できるのだ。

ただし、8月30日に投票していたのでは暖かい季節の日本での開票に間に合わないので、
エクアドルからの郵送期間を逆算して1週前の今行われた。


余談だが、大学時代下宿生活をしており住民票を実家に残していたため、私が選挙に行くようになったのは就職した23歳から。

新聞も取らず、テレビもあんまり見ず、インターネットも使えずで世の中の動きをあまり知らなかったのだけど、わからないならわからないなりに、意思表示をした方がいいのであろうと投票には行っていた。

幸い、選挙が近くなると要旨をまとめたミニ新聞のようなものが郵便受けに入っていたので、一夜漬け知識で投票。

当日の人ごみを恐れ、不在投票たる制度を使い、職場ご近所さんの会館へ就業後寄っていた。
あの厳かな空間が、ちょっぴり好きだった。


そんなことをちょっぴり思い出しながら、はりきって選挙に向かうも在外選挙人証が届いていないことが判明。これがないとダメなんです。

ああ、なんてこと!
大使館で行われるからはりきってこぎれいな格好をしてきたというのに!
大使館の休憩開けの14時まで時間を潰していたというのに!
このやる気、どこにぶつけようか。

結局、投票はできないけど大使館や在外投票を見てみたいなあと思ったので、大使館へ。

会場に着くなり、ふらっと立ち寄るにはほど遠い場所であったことを体感。
選挙管理委員の視線を集めてしまったため、致しかたなく「投票はできないが、投票する気持ちはある」ことを伝えるも委員達、失笑。
そんな失笑、冷たい視線もなんのその、エクアドルにはこんなにJICA関係以外の日本人がいたのか、と感心する。

邪魔しに来ただけの私に、選管のおえらいさまと思しき方があんまんとお茶とお菓子と、、、、
次から次へ与えてくださる。

場違いかつ迷惑ながら、投票台(?)でのティータイムを楽しみ様子をうかがっていると、ちらほらながら投票者がいらっしゃる。

来られた方はおそらく私よりも日本を離れて長い方ばかりだと思う。よって、私よりも日本の現況をご存じなかったり、生活の場がエクアドルに移ってしまったために関心も低くなっているかと思いきや、この短い選挙期間で、首都大使館という限られた場所まで投票に来られることに、なんと言ったらいいのだろう、感心?驚き?尊敬?とにかくすごいなあと思ってしまった。

ここエクアドルでは選挙は義務。人によっては何時間もかけて、泊りがけで指定された場所に投票に行く。
日本では生まれた時から、おじいさんの代から日本に住んでいる在日外国人の方には納税義務はあれど、参政権がない。
それにひきかえ、選挙権のある日本の若者の選挙離れは続いている。

なんだか選挙って、軽々しく考えてたけど大切なことなんだなあと思った。
「知らない。」「興味がない。」と言ってしまいがちな私だけどもう少しきちんと知ろうとしないといけない。


himawari.jpg
帰り際、暖かい季節の日本を思い、貧乏一輪買い。

そういえば日本は裁判員制度が始まったようだけど、裁判員制度と聞くと「12人の怒れる男」ような場面を想像してしまう。
人間には感情がある限り、人が人を裁くのは難しいと思う。ましてや素人にその一部分を担わせるなんて。と言いながらも裁判所から通知が来たらいいなあなんて思う。

結局私は知らないことだらけなので、もっといろいろなことに関心を持ち、知ろうとしようと思います。


今日のお昼は「鶏セロリ飯」。セロリ美味!
serori.jpg
ナウな感じで!
今エクアドルではこんな曲が流行っている。

流行っている??
というか、私の乗るバスではけっこうな頻度でかかっている。

まあよくわからないんだけど、他国と比べるとだいぶ流行に乗り遅れているらしい。

よかったら、エクアドルで満員御礼バスに乗っているとイメージしながら聴いてみて下され!

http://www.youtube.com/watch?v=hyKx2CxFXK4&feature=fvst

http://www.youtube.com/watch?v=uHgnebZ_jYo

こんなふうによその動画を勝手に貼っても大丈夫かな?
ちょっと不安なので先にあやまります。申し訳ございません。


もひとつ、ついでに。
エクアドルとは関係ないけど、私が就職して間もない頃(5、6年前?)先輩が勧めて下さった動画を。

何度も何度も観た思い出の動画(笑)
私にとっては、いろんな意味で元気になれる。
http://www.youtube.com/watch?v=3GjgMF3V6yI
自己満足です。お時間のあるときに!
死ぬまでにしたいことリスト 2009年版
3年前の今頃、2006年8月に作成した死ぬまでにしたいことリスト。

3年経った今、叶ったものがあったり、気が変わったものがあったり、追加したものがあったり。
でも、おおむね変わっていないのは、かたくななのか、成長していないのか。。。


(以下2006年作成 公表分)
パグを飼う。
手違いで飛行機のファーストクラスに乗る。
カプセルホテルに泊まる。
1泊2日の人間ドックに行く。
飛行船に乗る。
リッツ・カールトンに泊まる。(07年8月済)
心の底から「私ってポジティヴ!」と思う。
ドラム型洗濯乾燥機を買う。(手洗いの今、あんまり興味がない。)
親、兄弟孝行をする。
アラビア語をペラペラ。
吉村作治先生の子分になってエジプト内を顔パスで巡る。
ひとつでも多くの世界遺産に行く。
オールド・カタラクトに泊まる。
シーマンとドリームキャストを買う。
「肌白いねーっ!」って言われる。
コーラアップに再会。
播半に行く。(閉店とのうわさが。。。)
おでこを1cm広くする。
月下美人の開花に立ち会う。
1ヶ月カレーだけを食べ続ける。
原チャで飽きるまで走り続ける。
髪の毛の質を柔らかくする。
石油王に気に入られるか、石油を掘り当てる。
幸せな家庭を築く。
1日海女さん体験。


(2007年以降に作成)
北野ホテルに泊まる。
ディズニーランドの中の高いホテルに泊まる。
アドレール・アメラルに泊まる。
乱視用コンタクトレンズ装着の上で、砂漠の星空を見る。
シーワオアシスに行く。(08年6月済)
祖父母孝行をする。
カヌーに乗る。(08年3月済)
H20年度、私に合った要請で協力隊参加。(09年3月末、ギリギリ済)
勇気を出して、リモワ・サルサの鞄を買う。(09年1月 母が購入してくれた)
クフ王のピラミッドに入場。(06年9月済)
勇気を出して、ロクシタンのシャンプーを買う。(06年9月済)
バオバブの木を見る。
フルマラソンを制限時間内に完走する。(07年12月 那覇マラソンに参加するも、達成ならず)
トライアスロンに参加してみる。(なんかしんどそうなので、興味がなくなっきた)
途切れ途切れでいいから、世界一周する。
まつげパーマをあてる。(08年11月済)
大奥に出てくるような大広間で使用人の1人になってお辞儀する。
キッザニアに行く。
ブルーノートにおめかしして行く。
舌笛を鳴らせるようになる。


書いといたら、叶うかな。
海辺にて
くじらを見るために、片道11時間のバスの旅。
ラタクンガ姉さんとともに。

船に揺られること1時間ちょっと。
くじらと遭遇。
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くじらが私に向かって手を振っている。かわゆい。

くじらを見送るやいなや、感極まった乗客3名が嘔吐。
いや、正確には2名が嘔吐、1名がもらいゲロ。


運良く、ガラパゴス諸島もどきにも行けた。
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PA0_0015.jpg

PA0_0013.jpg
名物はセビッチェ。
セビッチェとは、海産物をレモンと塩とエトセトラで味付けたもの。

この日の夜はオヤスミ3秒。
エクアドルに来て、一番気持ちよく眠れた。
たまには山から下りましょう!

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次の日は硫黄冷泉に浸かり、泥パック。

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お隣2人はおふらんすの方々。

お次はビーチ。
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綺麗な海だったけど、着替えるのがめんどくさかったので小一時間ほど海を眺め、
ひとり反省会を開催しながら、「あー、あったかい温泉に入りたいなあ。」と考えた。

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宿の近くから見える海は、まさに日本海。
海辺まで来たのに、寒いし、哀愁漂う。

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エクアドルの屋台クレープ。
スイーツ類は日本の勝ち!

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お金が底を尽いたので、タクシーでひと稼ぎ。

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久々の労働が身体に堪え、死んだように眠る。



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このバス停で、
暖かい季節を、あたたかい風呂を、幸せ行きのバスを、ネコバスをいつまでも待ちます。
待ち続けます。
勤務3ヶ月経過
注)今回も真面目で暗い話です。


緊急時以外の訪問を除き、まずは診療所での相談業務を行いたいと申し出たものの、ここアトゥクチョ地区にも診療所にもソーシャルワーカーがいたことがないため、まずは宣伝。

毎週水曜日に看護助手さんたちが待合室で患者さん向けに交代で行っている簡単な講義に少し時間をもらい、宣伝。「ああ、中国人が一生懸命スピーチしているぞ。」と内容そっちのけで凝視される。
また、診療所内に「ソーシャルワーカーおいています。」という張り紙を掲示した。

初めて講義で宣伝したまさにその日、4人の子供を連れたお母さんが来院。
聞けば1番下の子供の様子がおかしいから、急いで仕事から帰ってきたとの事。
診察を受けるもすでに、2才8ヶ月の子供は亡くなっていた。

彼女は離婚し、女手1つで子供4人を育てている。長時間勤務の割りに合わない低収入で常に貧困問題を抱えていたそう。昨日、子供の様子がおかしいことにも気づいていたが、仕事を休むわけにはいかなかったようだ。
母親が仕事に出ている間、3才、4才、6才の幼い兄弟達だけで弟の異変が理解できず困惑していたようで、亡くなった今も「死」を理解せず、揺り起こそうとしている。

警察の到着を待つ間、診療所には野次馬が集まり、今子供を亡くしたお母さんの横で「お母さんの責任よ!」と心ないことを言う。

野次馬に何を言っても状況は変わらないので、お母さんを他の場所へ連れて行く。結局、亡くなった息子さんを寝かせているベッド横しかなかった。
私は彼女にコトバをかけたかった。それで何か状況が変わるとは全く思わない。でもかけたかった。
しかし適当なスペイン語のコトバが思いつかず、ただ横に座るしかできなかった。

警察が到着し、一家が去る間際、同僚がお母さんに声をかける。
「彼女はソーシャルワーカーだから、何でも言いなさい。」
「それが彼女のスペイン語の練習になるんだから。」

???

なんて事を言うんだろう!と思った。私のスペイン語の練習のため?子供を亡くしたばかりのお母さんに向かって?

この振り方もショックだったが、これから先このような生死に関わる問題に直面していくかと思うと、逃げ出したくなった。こわい。無理。私じゃ無理。私にできることはない。

日本でこのような相談を受けたら亡くなってしまった方にはどうしようもできないので、他に対応できる問題を確認し、サポートしていくだろう。でもここでは、何もできない。今の私には的確に状況を把握する事も、サポートする術もない。

しばらくは、同僚や医師から相談を回されるたび怖かった。どんな問題が来るんだろうか?私にはできない、とできれば断りたかった。

その後も気がつくと、あの一家のことを考えていて、
彼女にはあと3人の小さな子供がいるので同じようなことにならないようにしなくてはならない。
「私には無理。」と思ったところで、まだ私はエクアドル内でどのようなサポートがあるのかを把握していないのだから、それらをきちんと把握もせず、無理と言うのはおかしな話だ。
と、思えるようになったのはだいぶ後の話。

その後も、少しずつ相談業務を行うようになったが、初めての面接はひどいもの。
基本情報を取るにも、名前、住所などの綴りがわからず何度も聞き返すところから始まり、患者さんの主訴がわからないこともしばしば。

たぶん文法的にも習ったものとは違う上、「あれ」「それ」などのコトバが多く、何のこと?と話が進まない。お恥ずかしながら「あなたの問題はなんでしょう?」と聞いてしまうこともあった。
しかし当然の事ながら、患者さんたちも医師や看護助手に斡旋されただけで、自分の問題を把握していないことが多く私もしんどいが、せっかく相談に来てくれた彼らも相当しんどかっただろうと思う。

相談のほとんどは経済問題。
こちらでの金銭的な援助は国が行う金券(?)。月30ドル(約3000円)。
日本との物価の違いはあれど、この30ドルで一月生活するのは本当に厳しい。電気、水道が各5ドルほど。食べ物は安いものもあるとは言え、1日3食を1ドル弱でまかなうのは難しい。
でも、これしかない。

7月中旬にもなると、怖くても嫌でも相談者は来る、対応するしかない、と思えるようになってきた。

まずは、国の政策、金券について調べようと思い、社会福祉省に聞き込みに行きます、と宣言したところ、「あなたの語学力じゃまだ無理。」「何の情報もくれない。」と止められた。
ショック。
わからなくても、何回でも通おうと思っていたのに!でも、時間がないから対応してくれないというのは本当らしい。

仕方がないので、よその診療所にいるソーシャルワーカー フロールを訪ねることに。
ここエクアドルではソーシャルワーカーに結構な権限があるらしく、彼らが必要と判断すればあとは社会福祉省の手続きを待てば、ほとんどの場合金券が発行されるらしい。
日本で言う、病院のソーシャルワーカー、民生委員、生活保護担当も兼ねているイメージ。

これだけ権限があるので、外国人である私は彼らと同じような仕事ができるわけはなく、「あなたが受けた相談は私に回しなさい。」とフロールに言われてしまった。

相談を回すだけなら、誰でもできる。
さてさて、私はここエクアドルでいったい何ができるのでしょう。
何をゴールとして動いたらいいのでしょう。
と、改めて悩み始めた3ヶ月目でした。
二泊三日
8月8、9、10日はエクアドルに来て、物心ついてからの初めての連休だった。
それまでは何やら必死で、連休があっても連休だったためしがない。

前々から「もっとエクアドルを知るために一緒に旅行に行こう。」と誘ってくれていた歯科医ジーナが
具体的な集合時間と場所を指定してきたため、「これは社交辞令ではなくほんとだな。」と思った。

事前情報は朝8:00にジーナ宅最寄駅集合。2泊3日で温泉街に行こう。というもの。
それ以上の詳細な情報はない、ミステリーツアー。
とりあえずこれがなくては始まらないコンタクトレンズと洗顔ネットを携えた。

集合するやいなや、おうちで朝食を振舞われる。

肉。
じゃがいも。
コーヒー。
蒸しケーキ。

これから始まる3日間を考え、いささか身震いする。


行く先も告げられぬままたどり着いた最初の目的地はジーナの掛け持ちしている診療所。
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!?
患者さんが来て診察が始まる。
…えーっと、私のミステリーツアーはどうなるので?

と思ったのもつかの間、ジーナのいとこ一家が車で来て、一緒にスタート。

首都キトから時速120Kmでひたすら南へ。

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乳製品の町。

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ジーンズの町。

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革製品の町。

写真はないけど、アイスクリームの町。

猛スピードで駆け抜け、じっくり見ることはない。

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唯一みんなで車から降りて観光した湖。
細かいことは忘れちゃったけどボリビアに次ぐくらい標高の高いところにある湖らしい。

この湖の湖畔を昔は列車が走っていたようで、線路がうっすら見える。
さぞかし素敵な「世界の車窓から」が撮れただろうなあ、と思いを馳せる。

観光の仕方があまりに異なるので、どきどきもしていたが地元の方との旅の良いところは美味しいものが食べられること。

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お昼に行った鶏料理屋さんは鶏料理に飽きた私もご満悦。

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ジーナのいとこ一家。
お父さんは娘に甘い。

お昼ゴハン後、ようやく温泉街に突入。
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エクアドル内外から観光客がぎっしり。

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バンジージャンプなんかする人もいちゃって、楽しそうねえ。

いよいよ温泉ですか~?
水着の用意はばっちりですよ!

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車が止まって30分ほどジャングル的なところを歩いていくと、あったのは滝つぼ。

taki.jpg
下から水しぶきが上がってきてけっこうな迫力。

!?
まさかこれが温泉?

違ったみたいなので、次の目的地へ。
PA0_0037.jpg
お次はこの黄色い箱に詰められて崖を渡る。
この先に温泉が?

違ったみたいで、次へ。
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敬虔なカトリックだけに、旅の途中でもミサ。
なるほど身を清めてから、温泉ね~。と、納得。

そして、日も暮れたてきたので次こそはと
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乗ったのはこれ。
ガンガンに音楽を振りまきながら、夜の街を快走。

たどり着いた先は乗車地と一寸たりとも違わない。
!?

次の目的地はジーナの別邸。
ここで、いとこ一家とはお別れ。

温泉のことは語られぬまま、就寝。

ミステリツアー過ぎて、もはや先のことが全くわからない。
もはや2泊3日であるかどうかも不明。
でも、いいや。流されましょう。

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翌日は近所に住む叔母様一家を訪ね、

meshi.jpg
名物料理をいただき、まったりと1日が過ぎる。

温泉は?
温泉は?

そんな思いと平行して、冷静に思い返せば
「温泉街に行こう!」とは聞いたものの、
「温泉に入ろう!」というコトバは一言も聞いていない。

温泉街に行く=温泉に浸かる
という日本人的思考の私のはやとちり?
うっかりミス?

なんだか温かいお湯に浸かりたい願望だけが異常に増したけど、
まあ楽しかったからいいや。

ie.jpg
最後はジーナの別邸を。
セレブですなあ。
感謝感激
curry.jpg



日本から救援物資が届いた。
送り主はカレー部部長タナベルトさん。

さすが部長。
部員の心情を手に取るようにわかっていらっしゃる。
贈り物は高級カレーの数々。

こんな贅沢品、いつ食べようか。

誰にも盗られないように、引き出しにしまっておこう。
そうしよう!

嬉しい、嬉しい贈り物。

部長。
私はここエクアドルでひとりカレー部を存続するべく、より一層努力致します!
乳母日傘
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電気シャワーというものをご存知でしょうか?

直径は大きめのどら焼きほどで、高さは10センチ弱。
中におそらく電熱線のようなものが入っていて、ここを水が通過する際、大急ぎであたためてがんばって温水にする仕組み。

私のシャワーは繊細なので、ある程度水量がないと機械が動かず、
しかしながら、どうみても容量が小さいので水量が多いと温めが間に合わず水になってしまう。

温かめの水が出たところで、温め容量の耐え得る最小限の水量なので、シャワーから落ちて私の頭に行き着く頃にはやはり冷めて水になってしまっているのだが・・・。

この微調整をうまい具合にやってのけると、稀に、ごく稀に「お湯ではないか?」と思われる温かめの水が出ることがある。これを私は「奇跡の瞬間(とき)」と呼んでいる。

この奇跡の瞬間が訪れたとしても、建物の住人、誰かが蛇口をひねってしまったり、
私の肘が誤まって蛇口に触れようものなら一瞬にしてこの幸せは崩壊する。

もちろん、協力隊で来ているので贅沢なぞする気はないし、他の国に派遣された人々の様子を聞いているともっと大変な人もいるんだけど、私の家と職場は本当に寒い。
体感温度は日本の11月中旬から下旬。
これは学祭の頃の肌寒さよりももう少し寒いことから、こう予想する。

このような寒さの中、なんちゃってお湯シャワーは辛い。
日本ではそれなりに清潔かつ爽やかに生きてきた私が、このシャワーと出会ってからお風呂嫌いになってしまった。できることなら、浴びたくない。誰かから苦情が出るまでは、汚くてかまわない。そう思っている。

しかしながら、朝夕満員御礼バスに乗らざるを得ず、他者との距離が異常に近い上、エクアドルの皆さんは清潔で良い匂いのする人が多いため、若干の申し訳なさと、一握りの恥じらいを感じて泣く泣く水浴びを行っている。

エクアドルに来て3回も風邪を引いた。今まではひきたくてもひけなかったのに!

いつもいつも鼻水を垂らしている私を見るに見かねた同僚パティ女医が、シャワーを交換すると言い出した。

そして今日、早朝よりパティ女医とお姉さんとそのだんなが来てくださった。

シャワー自体は決して壊れてはいないが、がんばってもお湯にはならないとの結論で、
新しいシャワーを買いに行く。
ところが店が閉まっていたり、良い品が売ってなかったり、お子さんのピアノ演奏会を聞きに行ったりと長時間を費やす。

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ようやく購入し、お義兄さんがせっせと働いて下さっている間、女性陣はせっせとぶどうを食べる。
そして、何故か体重測定。

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お義兄さんも測りましょう。

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皆様の温かいお心遣いのおかげで、私は今日からお湯を浴びられる。

奇跡の瞬間、永遠なり。
剛田武君
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この人はジャイアン 兼 臨床検査技師。

隠しても、隠さなくとも奪われる。
それが本であったり、私の昼ゴハンであっても!

これはエクアドル文化なのか、個性なのか・・・。
まだまだ馴染めない文化の1つ。

「おまえのものはおれのもの、おれのものもおれのもの」
ジャイアニズム全開!
プロフィール

84(はっしー)

Author:84(はっしー)
南米エクアドルに青年海外協力隊として2年間滞在。2011年3月22日に日本に戻り、現在は逆カルチャーショックに打ちのめされる日々。

趣味はエジプト。
好きな食べ物はカレーと鮭のおにぎり、そしてキューピーコーワゴールドアルファ。

どうぞよろしくねー!

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