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2009/12
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ワンタン事件
エクアドルにおいて、日本という国を知っている人は非常に少ない。
中国の一部だと思われている場合がほとんどである。
だから私のようなアジア人が歩いていると、街中で「チナ(中国の女性)!」と言われることもしばしば。


この国の人々で「チナ!」と口にする人は2種類に分かれると‘わたし’は思う。
以下あくまで‘わたし’の意見。


[1つはアジア人を見かけて、それ以外に呼びようがないから呼ぶ。]

これは、病院内で見かけた職員すべてを「看護婦さーん!」と呼ぶ感じに似ている。

また、その人の外見上の特徴を呼び名にするのは愛情を込めたこの国の人々のやりかたでもある。
例えば「太っちょさん」「お若いの」「お年寄り」等々。
だから、挨拶と思われる、「Hola!Chinita!」(こんにちは!中国の人!)と言われた時は挨拶を返すようにしている。
そして、「いやいや、私は日本という別の国から来ましてね。」と説明も加える。

[もう1つは、差別的な、相手に嫌な思いをさせる呼び方。]

私はテレビを見ないので良くわからないのだが、時に中国のあることないこと(あまり良くないこと)を放送しているらしい。
その印象から蔑んだイメージを持っていたり、あとは中国人の商売上手さに嫉妬してよい感情を持っていない人もいるらしい。

こういう場合、すれ違い様に「チナ!(中国女)」と吐き捨てるように言う。
このケースがいちばんずるい。
卑怯だと思う。
女々しい。
もしくは小学生のガキンチョみたいにちょっと離れた所から集団で「チナ!」と言う。そして私が視線を向けると目を逸らす。この場合、アジア人に興味があってわーわー言っている場合もあるので、全てが差別的ではないのだが。

こういう場合は諦めて、何事もなかったのように歩くようにしている。
なお、このように私に呼びかけてくるのは100パーセント男の人だった。


さて本題。
先日、同僚宅でのクリスマス会での帰り、ほぼ満員のバスに乗っていた。
こんな外国人の私を日本で言う正月の家族での集まりに参加させてもらえて本当にありがたいなーと余韻に浸っていた。

バス停まではあと少しあったが、バスの降車口まで人ごみをかき分けねばならぬ。と思い、少し早めに席を立った。
すると、ひとりのオッサンが「ワンタン!」とすれ違い様に吐き捨てた。
時として彼らは「チナ」の代わりに「チャウラファン(炒飯)」と呼びかけてきたりもする。

「ワンタン」て、、、またエクアドル人が知らないような食名を。。。
と呆れ半分、またか、の諦め半分で反応せずに人ごみを進んでいく。

ところが、人が多くてなかなか前に進めない。
するとオッサンはほとんど動いていない私をいいことに「ワンタン、ワンタン!」「ワンタンが降りるぞ。」と執拗に大声で繰り返す。

乗客は意味はわからずとも、一人異質なアジア人のことであろうと私を見る。
好奇の目、哀れみの目。

「私はワンタンではない。」「そして中国人でもない。」という手もあるのだろうが、そもそも中国の人だったら「ワンタン」と呼ばれて言い訳でもないな、と思う。

だからといって「そこのだんな、私は日本という別の国の人間です。それから、例え私が中国人であったとしても、ワンタンなんて食べものの名前で呼ぶのは非常に失礼です。相手が非常に嫌な思いをします。用事があるのなら、ご婦人もしくはお嬢さんと呼ぶ方がいいでしょう。」というほどの根性も気力も優しさも持ち合わせていなかった。

とにかくバスを降りようと一生懸命前に進んだ。
降り口で車掌さん的存在が「お嬢さん、どこで降りる?」と普通の扱いをしてくれたことだけが救いだった。


エクアドルなんか大嫌い。
キトは首都だけあって広い。人も多い。
毎回毎回新しい人と乗り合わせたり、すれ違ったりするのだから、これから先の1年3ヶ月またこんな思いをするかもしれない。
あと1年3ヶ月も耐えられない。
と思った。

同僚、家主、職場の周りの人々、近所のパン屋さん、名前も知らない人々に日々大切にされているはずなのに、
たった一人の見知らぬ人のせいでこの国を大嫌いになってしまう。
自分ってちっちゃいなーと思った。


ワンタン事件から5日たった今でこそ、本人が何気なく言い放った一言が相手をどんな思いにさせているか、今一度考えねばならんと反面教師で受け取れるようにはなったが、それでもやっぱり傷ついたのは事実。

そもそも協力隊に参加しようと思った理由の1つに「マイノリティーとしての立場に身を置くこと」がある。
日本人として日本に生まれ、常に平均的な人生を歩んできた私はマジョリティ中のマジョリティだった。
しかしながら、育った土地には南米からの出稼ぎの方が、働いていた土地には在日韓国の方が大勢いた。

上手く説明できない、外見が違う、国籍が違う、権利がない、支えが少ない、文化が違う、同郷の人が少ない。
そんな状況に身を置く彼らはどんな思いで日本に住んでいるのか。
身を持って知りたかったのも1つ。

だから、その目的を痛いほど達成できているのだが、しっくり来ないものがある。
ようは自分自身の気持ちがぐちゃぐちゃなのだ。受け止められない、割り切れない、流せない。
そんな状況であと1年3ヶ月は辛い。
そう思っている自分がいる。


友達からメールが来た。
彼女達は私にはとてもできないようなしんどい仕事や選択をして、それでも腐ることなく向き合っている。

「皆で84モトからのはがきを読みながら、後一年ちょっとで会えるねと話したよ」
と。

「後1年ちょっとで」…。
私は「あと1年3ヶ月‘も’」と考えていたのに。

同じ出来事でも本人の受け止め方次第で状況は良いものと思えたり、悪いものと思えたりする。
と、尊敬していた副院長のお言葉を思い出す。

あと1年ちょっとでみんなに会える。
あと1年ちょっとしか私はエクアドルに居られない。

悪いところばかり見て、悪い気持ちで受け止める。
原因は私にもあるのだろう。

腐りに腐った時期だったのでタイムリーなアドバイスとなった一言でありながら、
不覚にも泣きそうになった一言でもある。

こういう風に待っていてくれる友達が居るのは本当に嬉しい。
私にとって大切な人々はみんな日本でおそろしくがんばっているのがわかるからこそ、余計に嬉しい。心強い。

私も長期で腐ることなくがんばります。短期で腐ることはあっても!

という訳で、皆さんこの1年、本当にお疲れ様でした。私も今日で仕事納めでした。
よいお年をお迎えください!


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個人情報に配慮せず、勝手に載せちゃた!ごめんね!
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1年で1番大切な日
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クリスマスを迎えるエクアドルの家庭はクリスマスツリーと、この「ナシミエント」と呼ばれるキリスト生誕場面を置く。
各家庭によって大きかったり、小さかったり、豪華だったり。初めて見たとき「なんだか日本のひな人形みたいだな。」と思った。

9月頃から、同僚のマルティンが「クリスマスはうちで一緒に七面鳥を食べるのよ。深夜12時から食事よ!」と誘ってくれていたので、エクアドルの人はよっぽどクリスマスが好きなんだなあ、深夜に食事って年越しそばみたい、でも七面鳥ともなると胃もたれするなあ、と思っていた。

マルティンの家族はその全てが職場に顔を出しお互いに知っているので、一家団欒に割り込むことにそんなに緊張せずに済んだ。

12月24日、夜7時から近所の教会でミサ。

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各家庭で最低1つ、このキリストの子供の時を表した人形を連れてくる。
人形を抱く姿はまるで本物の赤ちゃんのよう。


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教会内は人がびっしり。


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キリストの降誕劇を模した格好の子供達。


普段のミサのように、立って、歌って、手拍子をして、座って、また立って、歌って、隣の人と手を繋いで…。

その後、今回の主目的であるキリストの人形に聖水を与える作業が始まる。
人形を持った人は中央の列に並んで、神父さんのまく水に人形をかざす。



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祝福が終わった人形には花びらを巻く。


本当はキリストが生まれたとされる深夜12時から食事をするのが正式な作法だそうだけど、ちっちゃい子がいる家庭なので10時頃から夕食開始。

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七面鳥。
とにかく、でかい。
大食い10人でお腹いっぱいになるまで食べたけど、まだまだ残った。


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8人の大食い。(子供2人は睡魔に勝てず)


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これで終わりかと思いきや、ここからが本番らしい。
みんなで居間に集まり、キリスト生誕場面を朗読。
そして、合間合間に歌。


キリスト生誕の箇所に来ると、先ほどのナシミエントにキリスト人形が置かれる。
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キリストの誕生を祝し、花火で祝福。
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この後はダンスタイム。
でも、みんな疲れて就寝。

3つしかベッドのないお家に10人が集い、どうやって寝るんだろうと思っていたら、
客人の私には1つのベッドが用意され、もう1つには夫婦と長男が、そしてもう1つのベッド+床には6人が寝た。
「私ごときにはソファで十分でございます。」と言おうと思ったが、ここはあたたかいおもてなしを受け取ることにした。

キリスト教を信仰する彼らにとって、キリストが生まれた12月25日は1年でもっとも大切な日。
そんな大切な日を異国の地で一人きり、ひっそりと迎えることがないのように、とあんなに早くから招待してくれていたのだ。
感謝感謝。
12月のある晴れた日に100%エジプト人の男性と出会うことについて@エクアドル 
ここエクアドルにおいてエジプト人と出会うこと。
それは日本で過ごす日々よりも遥かに確率が高い。

と、急にこんな話題を持ち出して、気分を害される方もいらっしゃっることと思います。
いったいお前は何をしにエクアドルに行ったのか?と。
しかしながら、12月上旬に自身の活動で大ダメージを受けたため、
12月末まで限定で腐りきろうと心に決めた私を哀れに思い、見逃してくださいませ。

さてさて、あまり大きな声では言えませんがワタクシ、エジプトが大好きでして、
エジプトに関係するものには、人一倍反応してしまうきらいがあるのです。

今はだいぶ落ち着きましたが、ひどいときには「ホッカイロ」「カイロプラクティック」などのコトバに
過剰に反応してしまう時期もありました。若さゆえ。

エクアドルとエジプト。
「エで始まる」それしか共通点のないこの国で何故出会うのか?運命?
いえいえ、彼らはシュワルマというくるくる回転しながら焼かれる肉をはさんだサンドイッチを売りに来ているのです。

全てが全てエジプト人というわけではなく、シリアとか他のイスラム圏からいらっしゃってる場合もあるため、
たまたま入った店で店員さんがエジプト人だと「生きててよかったー。」と喜びを噛み締めます。

エジプト人に情け容赦なく話しかける私。
傍目には俗に言う「ナンパ」と映るのでしょうか。。。
知り合いにこんな自分を見られたときの恥ずかしさと言ったら、もう死にそう!!!
でも死にません。


この日出会ったのはアフマッド。
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エジプト好きを連呼する私がうっとおしかったのか、
シャーイ(エジプト風紅茶)とキッペ(メンチカツ?)を振る舞ってくれた。
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彼はエジプトはアレクサンドリアの出身。
地中海に面した海の綺麗な都市。
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かの有名なアレクサンドリア図書館がある。
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協力隊に来る2年間エジプトに行けないことと、鮭のおにぎりが食べられないことが気がかりだったので、
2008年6月、エジプトに行ってきたのだがそのとき目的地シーワオアシスへの経由地として立ち寄ったのがここアレクサンドリア。
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いつだって私はセルフタイマー。

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このときよりも7キロアップしてます!でもあまり変わらないかも。。。

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目的地、シーワオアシスのシャーリー。

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砂と泥だらけの街。

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道中はベタに砂嵐と野良ラクダ。

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移動はロバタクシー。

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クレオパトラが行水したとうわさの鉱泉。

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手前味噌ながら、マンゴーはエジプトの勝ち!

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エジプシャン・マッチョ。
マッチョもエジプトの勝ち!もー、全部エジプトの勝ちー!

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ターメイヤ(ソラ豆コロッケ)サンド。
このファラフェル(豆のコロッケ)が非常に美味だったので、冒頭のアフマッド氏にレシピを教えていただきました。
レシピはまた今度!カミングスーン!

自己満足なブログですみません。
そんな私はおかげさまで元気です!
一期一会
両親が日本に帰った11月半ばすぐから社会福祉部会の活動が始まった。

両親もてなし準備と部会準備。この2つはほぼ同時期に進めなくてはならなかったため、
10月初旬から11月半ばまで普段なら22時就寝の生活が奪われ、
午前0時までパソコンと、さらにはスペイン語と向かい合わざるをえなかった。

さてさて、この社会福祉部会の活動だが構成員はエクアドルにいる福祉系隊員5名から成る。
内容は日本の団体が制作した「障害」をテーマにした映画(スペイン語字幕)をエクアドル各地で上映して周るというもの。
この映画と同時にアンケートを実施し、エクアドルの方の障害に対する考え方を知ることや、日本の障害を持つ方々を取り巻く状況を観てもらう事で大いに異なるエクアドルの状況に関心を持ってもらうこと、またまだまだこの分野は変わる余地があることを知ってもらうことなどがねらい。

文章が続かないので、写真を。


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私の職場でも上映。(会場は近くの公民館的なものを借りて)

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私の同僚達。この会にあわせて、来場者に配る棒つきキャンディとポップコーンを寄付してくれた。ありがとう!

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この日はラッキーなことに金持ちの紳士におごられ焼肉。(エア焼き肉ではなく本物!)
おごられ&焼肉で2倍に美味しい!

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大学の日本語学科学生の祭り会場で開催した際、
ナルト(アニメ?マンガ?)をこよなく愛する「ナルト3兄弟」に遭遇!

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こちらは国立大学看護学科で看護師のたまごさん達に向け上映。

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山の上のインディヘナの学校ではこども達に上映。

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連れて帰りたくなるくらいかわいい。

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素敵な風景に遭遇。

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こちらは変わって、見渡す限りのバナナ農園。
日本に「田辺バナナ」(?)で出荷しておられます。見かけたら買ってね!しかも大人買い!

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より幅広い対象に上映を!ということで田辺農園の皆さんにも上映。

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次の上映地は海側。
ここで食べるセビッチェはサイコー!

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久々に家に帰れました。
記念にカレー部長よりいただいた高級カレーを開封。感謝の気持ちを込めて証拠写真。
「私も忘年カレー大会@マドラスに行きたい。」

ちなみにまだ終わったわけではなく、13日からまた1週間ほどエクアドルを南下してきます。
まだまだ続く一期一会の旅。

関係ないけどむかし私が大好きだった「出会いのストーリー」という番組?CM?で
「出逢えたもの達よりも、擦れ違うもの達のほうが、遥かに多いんだよ。」
って言ってました。
世界中にはこんなにたくさん人間がいるのに、一生で出逢い、知り合いと呼べる人は本当にごくわずか。
そう考えると大好きな人々も、そうでない人々もいるけども「出会った」以上私にとって何らかの意味があるのでしょうなー、と思えるようになりました。
余談でした。


今回このプロジェクトを行うにあたり、多くのJICA関係者の方々にご協力いただきました。
特に、上映先を提供していただいただけでなく、私たち(むさ苦しい)部会員に寝床と美味しいゴハンを下さったシニアボランティアの皆様には本当に感謝しています。

ありがとうございました!
プロフィール

84(はっしー)

Author:84(はっしー)
南米エクアドルに青年海外協力隊として2年間滞在。2011年3月22日に日本に戻り、現在は逆カルチャーショックに打ちのめされる日々。

趣味はエジプト。
好きな食べ物はカレーと鮭のおにぎり、そしてキューピーコーワゴールドアルファ。

どうぞよろしくねー!

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